昨日のブログに書いたように、4月1日付で某旧帝大の准教授になりました。期間は限られているので短い間ではありますが、自分の成長の機会になればと思っています。
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ここから数日は、准教授生活が始まるまでのことを、記録しておきたいと思います。
話は去年の7月にさかのぼります。いや、7月の私の精神状態がどんな感じだったのかをお知らせするために、もう少し巻き戻して、去年の3月頃から話をします。
去年の3月~5月
皆さんご承知の通り、去年は3月に学校が本当に突然休校となり、あわせて保育園も登園自粛となりました。保育園に寄って対応はさまざまだったようですが、息子の通う保育園は「在宅勤務ができる方は登園は見合わせてください」という状態になってしまったため、子どもができて初めての子連れ在宅が始まりました。
当時は、夫は単身赴任でした。それまでは毎週末帰宅してくれていましたが、それもかなわなくなりました。外出することもできずに自宅に私と娘と息子の3人きり。娘は精神的に荒れて、私もとても追い詰められていきました。
こちらのブログに、当時の様子が書いてありました。私たちが住む地域は緊急事態宣言が解除されても学校が始まりませんでした。期待を裏切られた、いつになったら外に出られるんだと娘は荒れて行きました。あれは本当に大変でした…。
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5月後半、娘は家でイライラすることが増えていきました。小さなことで怒ったり、朝はきちんと7時までには起きているのになかなか夜眠れない日も続きました。緊急事態宣言が解除されればきっと学校は再開されると信じてきたので、それを裏切られたことに対する憤り、周りの家族の生活は動き始めてしまったことに対する嫉妬感、一日でも早く学校に行って友達に会いたいという想い、そんないろんな気持ちが入り混じってのことだっただろうと思います。このままではいけないと強く感じました。
学童は3蜜の代表のような場所なので、3月からずっと登所を自粛してきました。入学したての1年生など、本当に学童を必要としている人に学童の場は譲らなければと考えたからです。そして当時は小児科学会の見解なども特に発表がなかったので、とにかく感染リスクを抑えることを第一に考えての判断でした。
でももう我が家も限界でした。
この時のブログに書いた気持ち(基礎疾患のない子どもにとっては、COVITは肉体的な健康被害よりも精神的な被害の方が大きい)は、今でも変わっていません。今は、政府も「子どもへの影響」に十分配慮し、実際に感染が確認されて影響がある部分だけ休校にするという形をとってくれていて、本当に良かったと思っています。
子連れで理事会に出たり、会議中は静かにするため仕組みが整ってきたのもこの頃でした。我が家は子どもが比較的大きい(少なくとも意思疎通はできる年齢)なので、その点は救われたと思います。
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去年の6月
ずっと単身赴任先に閉じこもっていた夫もようやく週末には帰って来てくれるようになりました。パパっ子の娘は、週末に夫に会えるだけでとても嬉しそうでした。
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そして、実は、この頃に、9月末までで夫が単身赴任を終えて帰ってきてくれることが内定しました。5月の上旬だったと思いますが、私がもう限界すぎて、「このコロナの状況がいつまで続くか分からない以上、無理矢理でも配置換えしてもらって帰って来てほしい」と夫にお願いをしていたのでした。6月になってから、秋ごろにちょうど空きができる部署ができるということが分かり、仕事の内容を変えれば戻って来られると決まりました。仕事の内容を変えることになってしまった夫には申し訳ないことをしたなと思いますが、仕事はともかく家族で過ごせることは良かったと言ってくれているので、生活面では良い選択だったと思っています。
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去年の7月
そして、単身赴任終了が内定してから数週間した頃に、2021年4月からのクロスアポイントメントでの教員枠の話が持ち上がりました。1年更新で最大5年という、期間が決められた枠でした。会社としても数年後のことはよくわからないので「やるとしてもまずは1年」という話でした。
2021年4月と言えば、娘は中学校に、息子は小学校に進学する年です。年齢が上がってくれば送迎などで余計手間がかかるようになると聞くし、私の働き方も見直しが必要なのかもしれないとも思っていた頃でした。娘の塾を必死で探すも、なかなか見つかっていない時期でもありましたね。
クロスアポイントメントの話を受けて前に進むか、
生活のことを考えてこのまま止まるか、
選択を迫られました。
前に進むといっても、採用が決まっているわけではなく、まずは採用試験を受けるところからでした。何度かある採用ゲートをクリアできれば、12月頃に採用が決まる、という流れのようでした。
学生さんと話をするのは大好きです。学生さんとディスカッションしながら研究できるなんて、楽しくないわけがありません。
一方で、会社での仕事に加えて大学での仕事が増えるわけですから、おのずと生活が圧迫されることは目に見えていました。子どもたちがあらたな生活をスタートさせる年に、私まで未知な仕事をスタートできるのだろうかという迷いもありました。
他にも、いろんな気持ちがありました。
一番大きかったのは、夫に対する「申し訳ない気持ち」だったと思います。夫には仕事の内容を変えてもらってまで家に戻ってきてもらっておいて、自分は好きな仕事にあらたに手を出すのか、といううしろめたさがありました。夫には会社の中でいろんな話を進めていく前に一番に相談をしました。
私「まだ採用されると決まっているわけではなくて、採用試験を受けるかどうかの話なんだけど」
夫「やりたいの?」
私「できれば」
夫「じゃ、やれば?」
私「いい?」
夫「なんで?」
私「いや、(夫の名前)さんには、仕事内容変えてもらっちゃったから、私だけずるいかなとおもって」
夫「あぁ。まぁ、ずるいとかはないでしょ。やりたきゃ受けてみればいいんじゃない」
という感じの会話をしたと思います。
夫はクリア。
あとは、私の問題です。
進むか、止まるか。
結果的には「進んでみてから考えればいいか。ダメなら1年で終わるだけだ。」という気持ちになりました。
仮に採用が決まったとしても、会社の仕事が十分できないような状態になるのならば1年で確実にこの仕事は会社から打ち切られるでしょう。大学側としても、教員として十分な成果を出してもらえないのならば1年で切られるに違いありません。人を雇うにはお金がいります。それに見合う成果を出せないのであれば、切られるのは当然の話です。
でも、仮に1年であっても、私にとっては十分だと考えました。1年であっても吸収できることはたくさんあるし、私にとってはとても貴重な機会になることは間違いないと感じました。
進もう
まずは採用試験を受けてみよう
そうして一歩踏み出したのが去年の7月の話です。
長くなってしまったので、続きは明日に続けます。
今日も読んでいただきありがとうございます。4月に入って初めて「中学生の子」の親になったので登録カテゴリーを変更してみました。